体の不調は、口の中の病気から ~歯周病と心臓血管疾患~

炎症は手のひらサイズ

鼻・目・耳、体のどの部分を少々強く触ったとしても、血が出ることはありません。
しかし歯磨きのブラシの毛先が歯ぐきに触れるだけで血が出ることがあります。
このことは体の健康という観点からみると大変異常なことだと言えます。

歯周病は口の中の細菌が原因で歯ぐきに炎症を起こす病気です。
歯と歯ぐきの隙間の溝の中で細菌が繁殖し、さらにこの溝を深くして歯周ポケットを作り上げながら病気が進行します。
歯周ポケットの深さが5~6mmという中程度の歯周病の場合では、その炎症を起こしている歯周ポケットの総面積が約72㎠となります。
これは大人の手のひらの面積とほぼ同様の大きさなのです。
もし体のどこかに手のひらサイズの腫れがあり、出血していると放置することはありません。
しかし口の中ではこのような状態が常時発生し放置されているのです。

この炎症が発生している個所からは、口の中に住み着いている多くの細菌や細菌が作り出した有害物質が体の中に侵入し、さらに血管の中へと入り込み、全身へと広がっていくのです。
歯周病が厄介なのはこの病気が慢性疾患であるために、このような状況が持続的に影響していることです。
この結果様々な病気を引き起こしますが、現在わかっているだけで動脈硬化などの血管系の病気をはじめ、心臓病、肺炎、糖尿病や妊婦さんにおける早期低体重児出産などがあります。

歯周病と心臓血管疾患

疫学的研究から、歯周病は心臓血管疾患のリスク因子の一つとして注目されています。
これまでの研究結果によると、歯周病にかかっている人はそうでない人に比べ、1.5~2.8倍も心臓血管疾患を発症しやすいことや、心臓血管疾患の原因となるアテローム性動脈硬化症の程度が歯周病と関係していることなどが報告されています。
歯周病が心臓血管疾患に影響を与えるのは、歯周病により歯肉で炎症が起こることによります。
炎症が起こっている歯ぐきではサイトカインと呼ばれる炎症性物質が作られ、この物質や歯周病菌が血液により心臓まで運ばれるのです。
そこで血管内皮細胞や脂肪性沈着物中のマクロファージを活性化させ、その結果として心臓の血管の栓塞を引き起こすのであると考えられています。
この見解は脂肪性沈着睦の中から歯周病菌のDNAが見つかったことから発見されました。
また細菌性心内膜炎を起こした心臓の弁からは歯周病菌が確認されています。
これは同じく血流により運ばれた歯周病の細菌が、血液の滞留しやすい弁の周囲で定着してしまい、さらにそこで増殖することによって起こることが確認されています。
さらに細菌が増えて大きくなった塊が、血流にのってほかの場所へと移動し、脳の細い血管で詰まってしまうことがあります。
この場合には、脳梗塞を起こしてしまうわけで、やはりまた命に関わる病気につながるのです。

病巣感染という概念の重要性

口の中の病気については、「最悪歯が無くなる程度の事であって命に関わることはない」と言うのが一般的な概念でした。
ですから口の中の病気を深刻に考える患者さんは少なく、また歯科医師でさえ壊れた歯の修理だけを考えていました。
しかしほかの場所で発生する病気の原因が詳しく解明される中で、口の中の病気が病巣となっている病気が数多く見つかっています。
本来体の中には存在しない細菌が体の中に入ることで発生する病気は、その感染経路を確実に取り除くことが重要であり、その一つが歯周病を取り除くことなのです。

歯周病は治せる病気です。歯医者さんと相談して、しっかりと取り組みましょう。

体の不調は、口の中の病気から ~2足歩行が引き起こした睡眠時無呼吸症~

ヒトという動物

哺乳類に分類されるヒトという動物は、2足歩行をすることが大きな特徴です。
そしてこの2足歩行をすることによりほかの哺乳類と大きく異なる体の構造を持つこととなります。
それは口と食道の間の部分「咽頭」の中央部分、中咽頭に現れています。
ここは空気の通り道と食べ物の通り道とを共有している部分ですが、2足歩行をするようになったことで顎の大きさが小さくなり、そのため筋肉の塊としてこの顎の中に納まっている舌が、後方の中咽頭を狭くしているという構造です。
そしてこの中咽頭のスペースを狭くする舌の存在が、睡眠時無呼吸症という病気を引き起こすのです。

睡眠時無呼吸のおこり方

ヒトという動物ではほかの哺乳類と異なり言語を持っていますが、この言語を発達させたのが複雑に動ける舌の存在です。
この舌は常時小さく固まった状態で顎の骨の中に納まっていますが、現代人では顎の大きさが小さくなる方向に進化したことや、肥満などにより中咽頭自体が圧迫されて狭くなったような場合において、この中咽頭を舌が塞いでしまうのです。
特に仰向けでの睡眠時には、重力によっても舌は後方に押しやられてしまいますから、この状態が強く発生することになるのです。

睡眠時無呼吸がもたらすリスク

睡眠時無呼吸症を発症するようになると、さまざまな命を脅かす問題のリスクが高まります。
睡眠時無呼吸症を発症すると、意に反して昼間に突然居眠りをしてしまうということが起こります。
そのため車などの運転中にこの状態になることで、交通事故を起こしてしまうのです。その発生確率は、健康な人の2~7倍になると言われています。
また、生活習慣病である、高血圧・高脂血症・糖尿病・脳卒中の重症患者の場合では、数年後の死亡率が40%を超えるというデータが得られました。

睡眠時無呼吸を予防するために

あごが小さく成長してしまうことでこの病気が起こることを回避するためには、体の成長期にある子供たちの顎の大きさが、正常な歯並びができる程度にまで拡大させることが効果的です。
また歯列矯正では、歯を間引くことがよくありますが、この方法も危険な治療法と考えられるため慎重に検討されるべきでしょう。
もし顎の成長が終わった後にこのような症状が発生した場合には、顎を大きくはできませんから、睡眠時にのみ下顎の位置を前方に固定するマウスピースの活用も予防には効果的です。
肥満を抑え、適切なバランスのとれた体形を維持するように努めることも、この病気の回避につながります。

良く眠れない、生あくびがよく出る、いびきをかくなどの症状がある方は、睡眠時無呼吸症になっているサインと受け止め、この病気がもたらすリスクを避けるため、早めに歯科医師と相談されることが賢明です。

体の不調は、口の中の病気から ~病巣感染から体を守る~

口から入る細菌

感染症と呼ばれる病気は、本来体の中にはいるはずのない、さまざまな細菌が体の中に入り込むことにより起こります。

ではこの細菌はいったいどこから体に入るのでしょうか?

細菌が体の中に入るルートは、注射や怪我など本来は外部と接触しないところから入るケースを除けば、空気の通り道となる呼吸器、さまざまなものに触れる皮膚、そして口から始まり肛門まで人が栄養を摂取するための消化器が主なところです。
この中では、消化器が最も細菌と接触している場所であり、その中でも口の中が最も細菌の種類が多い場所なのです。
しかし口の中には多くの細菌が住み着いている反面、細菌が体内には入らないような防御の仕組みも備わっているため、基本的には細菌が数多く住み着いていても問題はありません。
しかしながら口の中に病気が発生すると事情は変わります。体の中に細菌が入り込む防御システムが働かず、病気の個所から直接体内に様々な細菌が入り込むのです。

多くの方は口の中に病気が起こっていることを知らずに放置している状況があることと、口は最も多くの種類の細菌が住みついている状態であることを考え合わせると、人に病気を発症させる多くの細菌は口から感染していると言えます。

口の中の病巣

口の中に病気があるとき、口の中の細菌が体内に入り込めるルートができるわけですが、その感染源となる場所を病巣と呼びます。口の中に発生する病巣には次にあげるようなものがあります。

①むし歯  
    むし歯が進行すると歯の中の歯髄【神経と血管がある所】とつながり
    そこから細菌が入る 
   
 ②歯周病 
    歯と歯ぐきの隙間の溝に発生するため、細菌の住処となり、炎症のある歯ぐき
    から細菌が入る  

 ③根尖病変  
    歯の根の先端にできる膿の袋、虫歯の進行を放置したり、不完全な歯の根の治         
    療によりでき、そこから細菌が入る

これらの病巣は完全に取り除くことができますが、病巣の存在に気づかなかったり、またそれらの徹底した除去を行わない方が多く、かなりの確率でこれらの病巣を持っている方がいます。

病巣感染による全身疾患

この病巣が原因となって起こるのが病巣感染です。
病巣感染とは、口に限らず体のどこかに慢性の感染症があり、これが細菌の体への入り口となって細菌が入り込みます。
そして病巣とは離れた臓器に2次的に病気を起こすことです。
病巣との関係性が解明できないことや病巣と発病した場所が離れていることにより直接的な関連性が考えにくいという特徴があります。

リウマチ熱や敗血症などは口からの病巣感染としては良く知られていますが、たとえばアトピー性皮膚炎や掌蹠膿疱症といった病気がむし歯や歯周病などの治療を行い、口の中の慢性の感染を取り除くことによって治癒するようなことがあり、感染症ではないこれらの病気も歯や口にまつわる病巣感染ではないかと考えられます。
このように他の場所が原因で発生した別の場所の病気の炎症などの症状に対し、ステロイドなどを用いて消炎治療を行ったとしても病気自体が治らないことは良くあります。これは発生した症状に対し対症療法を行っているためであり、病気の本当の原因を排除するという原因療法を行っていないためです。
体に不調を訴えて医者に行くと、病気の治療に先駆けて口の中のチェックと治療から始める国もあるほどで、医療の世界では、これらの病巣を取り除くことが重要と着目されています。

全身の健康のためにも、口の中に病巣が無いかを確かめ取り除き、健康に保っておくことが賢明です。

体の不調は、口の中の病気から ~歯周病と糖尿病~

日本人の糖尿病

糖尿病とは、食事により摂取したものから分解された糖分が適切に体に吸収されず血液中に溜まってしまう状態が続く病気です。
この状態が続くことで、心臓病、腎臓病、脳卒中、失明などの合併症が引き起こされますので、決して見過ごすことのできない病気と言えるでしょう。
世界人口の5%が糖尿病患者といわれていますが、日本では平成19年の国民健康・栄養調査から約2200万人の方が糖尿病であるという報告があり、日本においても深刻な病気の一つとなっています。

さて糖尿病の患者さんでは歯周病の悪化が認められることから、かなり以前から歯周病も糖尿病の合併症であると認識されていました。
特に糖尿病の方においては歯周病患者さんの割合が多く、またその症状がより重症化しており、糖尿病があると歯周病が進行するリスクが高いと言えるのです。

なお近年、糖尿病の合併症としての歯周病ではなく、歯周病が糖尿病を引き起こすという新たな状況も確認され始めてきました。

歯周病が糖尿病を引き起こす

歯周病の患者さんでは、糖尿病を発症するリスクが高く、また歯周病がある状態を放置しておくと糖尿病の治療において行う血糖値のコントロールがうまくいかないという報告です。

アメリカ国民健康栄養調査(NHANES)を用いた研究では、歯周病患者における糖尿病有病率は、歯周病の無い人と比較して約2倍もあることが示されています。
ドイツで15年にわたって行われた追跡調査では、歯周病になっているが糖尿病にはなっていない患者群が、歯周病にも糖尿病にもなっていない患者群と比較して、5年経
過後でHbA1cの数値が悪化傾向にあることが見つかりました。

糖尿病患者の95%と言われるⅡ型糖尿病患者に限っては、歯周病における基本治療である歯肉縁上・縁下の歯石除去などの手術を伴わない歯周病治療を行った場合で
も、血糖値のコントロールに対し治療前後のHbA1cの加重平均差が-0.4%と統計学的にみても有意に変化があることが見つかっています。
これは歯周病によって腫れた歯肉から容易に血管内に侵入した細菌が血管内で死滅した後に、その死骸に含まれるエンドトキシンという内毒素が血糖値に影響を及ぼすことによります。血液中の内毒素は脂肪細胞や肝臓からのTNF-αの産生を強力に推し進めますが、これには血液中の糖分の取り込みを抑える働きもあるため、血糖値を下げるインスリンホルモンの働きを邪魔してしまうことによるのです。

体の一部としての口の管理

多くの方は歯医者を歯の修理屋さんとしてとらえ、口と体は別物のように考えています。
医療教育の現場でも医学部の中に歯科があるのではなく、歯学部が別に分かれて存在します。このため体の病気と口の中のトラブルは別に考えてしまいがちです。
しかし、口の中の問題が体全体に影響していることを考えると、健康な体を保つためには適切なお口の健康管理が不可欠と言えます。

糖尿病がうまくコントロールできない方は、一度お口の状態をチェックしてもらうことが良いでしょう。