なんでも食べられることが健康の基本 ~噛める入れ歯づくりのポイント~

なぜ入れ歯で噛めないのか

「食事をする」

これはヒトのみならず動物が生命を維持するうえで最も基本となる行動です。
ヒトが生命を維持するためには糖質・蛋白質・脂肪・ビタミン・ミネラルなど、あらゆる栄養素が必要であり、それらは様々な食材から摂取します。

このためどのような食材でも胃袋に運び入れることができるよう、消化器官の入り口である口では、なんでも噛み砕いて食べれることが要求され、そのために歯は非常に大切な役目を担っています。
しかしながら歯を失った場合には、入れ歯を用いてその機能を取り戻すこととなります。

この入れ歯には本来の歯と同じように機能することが期待されますが、適切に作製されていない入れ歯ではなかなかうまく噛むことができません。

これは入れ歯自体が安定せず「動く」ことによって引き起こされています。

本来噛む力は歯と歯を支える骨が受け止めていますが、取り外しが可能な入れ歯の場合では、歯ぐきがその力を受け止めなければなりません。
このため歯ぐきの上で入れ歯が動く状況が起こると歯ぐきに擦り傷ができ、痛みが生じて噛むことができなくなるのです。
ですから、入れ歯により噛む機能を回復することになる場合には、入れ歯が動かない様に作製することが重要となるのです。

動かない噛める入れ歯づくりの5つの要素

① 正しい顎関節の位置
動かない入れ歯を作るには正しい顎関節の位置で上下の歯が接触するように設定しなくてはいけません。
歯科医師の指示により「咬んでください」と言われて咬み合わせる位置を決定した場合では、かなりの確率でずれが発生しており、このずれのため実際に入れ歯を使うときには入れ歯が動いてしまう原因となってしまいます。

② 適合性の高さ
入れ歯は精密に歯ぐきや歯と接触しなくてはいけません。
このため入れ歯づくりでは精密な歯型を採ることが必要となります。
特に歯ぐきの型取りでは、型取りの材料や型取りの仕方によって歯ぐきがひしゃげたり変形したりします。
こうなると出来上がった入れ歯は歯ぐきに添わず、入れ歯の動きを引き起こします。

③ 正しい高さ
歯が無くなった口の中では上下の歯の高さを任意に設定できます。
しかし本来の高さよりも高かったり低かったりすると、うまく噛めません。
本来の上下の顎の距離は、顎を動かす筋肉の長さによって決まりますが、おおむね目じりから口角までの長さと、小鼻の下部からオトガイ部の顎の骨下部までの距離が一致することから、この長さを合わせることで高さを決めると良いとされています。
自身のお顔を鏡で見て口がへの字になっていたり、口角が下がったようになっている場合は、入れ歯の高さに問題があります。

④ 整った歯並び
上顎または下顎の歯を連ねた状態でできる面を咬合平面といいます。
この咬合平面は少しの湾曲がありますがおおむね平坦になっていることが必要です。
さらに顎の骨と平行な状態でこの平面が設定されることで入れ歯に加わった力が顎の骨に対し垂直的に加わり安定するようになります。

⑤ 入れ歯の留め具
部分入れ歯では残っている歯に入れ歯を支えさせるため留め具を設定します。
この留め具にはいろんな種類がありますが、留め具を強く作れば入れ歯自体は動きにくくなる反面、支えの歯を傷めてしまうことにもなります。
必要な維持力と無駄な力を逃がすことができる留め具を選択することが大切となります。

入れ歯の調整

最後に十分な調整を根気よく行いましょう。
入れ歯を作るときに作成した模型では歯ぐきの弾力や筋肉の動きは記録されていません。
実際に入れ歯を使い、口の中の状態に合わせて噛む力の負担を均等に調整し、筋肉の動きの邪魔をしないように入れ歯の大きさを調整することが不可欠です。

生きることを支える大切な「噛む」という機能を守るため、妥協はせず、しっかりとした入れ歯を作りましょう。

いい入れ歯を作ろう ~基本はコミュニケーション~

入れ歯での悩み

「痛くて入れ歯を使えない」

「入れ歯が外れてしゃべりにくい」

「入れ歯を支える歯が次々に抜けてしまう」

「見た目が悪く顔つきが変わってしまった」

入れ歯でも苦労なく快適に過ごしている方がいる反面、悩みが絶えず日々憂鬱な毎日を過ごしている方がおられます。
この違いは何によるのでしょうか?

入れ歯でお困りの方がお越しになる皆さんに共通した特徴があります。
それは、困った状態を我慢している、入れ歯の不具合を歯科医師にうまく伝えられていない、何度か調整に行ったがそれが迷惑なのではないかと考え行かなくなる、不具合を申し出たところ歯科医師から不機嫌な顔をされたり怒られた、といった点です。

つまり治療を担当する歯科医師と適切な意思疎通=コミュニケーションが取れていないという点です。

治療前の相談

入れ歯治療を始めるに当たっては、

「先生にお任せすればちゃんと良くしてくださる」という考え方を捨てなければいけません。
治療を受ける方それぞれで考え方、困りごと、身体の特徴、治療に当たり優先したいこと、生活習慣、体調など、すべてが異なります。
そこで歯科医師はこれらの事をしっかりと理解したうえで、患者さん個々に最適な状態は何かを模索し、より良い結果を導く方法を検討し、その結果についてお知らせをすることが重要となります。
患者さんの期待どおりの治療結果を導くことは最高の事ではありますが、さまざまな事情から期待に添えないこともあるわけです。

ですから治療に先立ってどのような状態を目指すのかを良く話し合うことが重要となるのです。

問題解決の手立て

入れ歯治療では成功のためにいくつかのポイントがあります。

その中で最も重要な要素は、正しい顎の位置で均一に上下の歯が接触するように咬みあわせを作り上げるということです。

入れ歯で悩む多くの方は、歯を失ったその部分に入れ歯という歯を入れる治療を受けておられます。
しかし口は個々の歯で仕事をするのではなく、口という器官全体を使って、食物を食べる、話をする、笑顔を作るといった仕事をしています。
このため常に口全体を見渡した配慮が必要であり、部分的な処置では成功しないのです。

歯科医師はこの治療の必要性を正しく患者さんに伝えなければならず、この点においても適切な説明が欠かせません。

微妙な調整

精密な歯型をとり、きれいな歯を作ったとしても実際の口の中は歯型の模型とは異なります。

歯ぐきには弾力がありますが、場所によって歯ぐきの厚みが異なります。
このため咬みこんだ時の歯ぐきのひずみ量も異なり、その誤差の調整が必要です。
また円滑な顎の動きを妨げない上下の歯の接触関係は、最終的には口の中でしか調整できません。
安定して快適に使える入れ歯を作るためには、入れ歯が完成してからの調整が不可欠なのです。

調整を行うに当たって、不具合内容やその場所の報告は患者さんの役割です。
遠慮せず不具合の状況を正しく報告しながら歯科医師と患者さんが二人三脚でより良い状態を目指していくのです。

このような患者さんと歯科医師の適切なコミュニケーションはより良い入れ歯を作成するために最も必要なことです。
患者さんは遠慮せず何でも話す、歯科医師はしっかりと患者さんの訴えに耳を傾ける、これは両者の人間関係の問題に関わりますから、適切なコミュニケーションが可能となる自分に合った歯科医師を選ぶことも重要といえるでしょう。

 

噛める入れ歯でなんでも食べる ~歯の形と噛ませ方~

入れ歯を安定させる
上下の歯の並べ方と噛ませ方

歯がまったくなくなってしまった方に使う入れ歯を総入れ歯といいます。
この総入れ歯は上顎では大きな床面積により上顎に吸い付くように収まりますが、下顎では細い歯ぐきの土手に入れ歯が乗っているような状態となります。
そしてすべての入れ歯の歯は歯ぐきを再現した床【ピンク色をした土台部分の事】の上に並べられ、この歯が上下で接触することにより、食べ物を噛み潰すことができるのです。
しかし入れ歯に並べられた歯はこの床によりすべてがつながっているという特徴を持っているわけであり、不安定な状態ですべての歯がつながっていて動くという状況となり、これが入れ歯づくりの難しさの原因となっているのです。

右側で噛んで力が加われば当然つながっている反対側も動くこととなり、このことにより入れ歯が外れたりすると噛めません。
さらに外れなくても入れ歯が動けばこの入れ歯の床部分と歯ぐきがこすれてしまうこととなり、傷が出来たり痛みを発する原因となってしまうのです。
これを解決する方法が上下の歯の形とその並べ方、噛ませ方なのです。

入れ歯が安定する歯の並べ方

入れ歯において重要な要素は、歯を並べる位置の設定です。
軽く口を開いた状態で下あごの様子を観察すると、歯がある方では下唇と左右の頬、そして内側にある舌の双方の中間部分に歯が並んでいるのが観察されます。
この部分は頬や舌の邪魔をせずまたこれらの部分にある筋肉にうまくサポートしてもらうことができる場所であり、ニュートラルゾーンと呼ばれます。
入れ歯づくりにおいてはこの空間に入れ歯を収めることが重要であり、このことで入れ歯が安定します。
入れ歯が小さすぎるとこの空間の中でころころ動いてしまいますが、逆に大きすぎると筋肉に押され入れ歯の位置が動いてしまい噛みづらくなってしまうのです。

また歯が並ぶ高さも重要です。安静にした状態の舌の高さと同じ歯の高さが理想ですが、もし低すぎたり高すぎたりすると、食べ物がうまく噛みあわせの面に乗らず噛みにくくなってしまうのです。

6次誘導を賄う
リンガライズドオクルージョン

次に大切なことは噛みあわせの調整です。

自分の歯が残っている方では、顎が動くときには歯が顎の動きを調整します。
噛みあった状態から下あごが前後左右に滑るように動くときには、どこかの歯が接触してその動きをコントロールしているわけです。
しかしすべての歯を失った場合、歯ぐきに乗っている入れ歯は不安定で横揺れの力に対抗することはできませんからこの役割を果たすことはできず、顎の動きを制限するのは左右の顎関節となります。
あごの関節は前後左右上下方向という3つの方向に動くことができますが、この関節が左右にあるため顎の動きは3+3の6つの動きが同時に関係する6次誘導という複雑な動きとなるのです。
この動きにおいて入れ歯がずれることなく安定して均一に力を受け止めるためには、その動きを妨げない歯の形と噛みあわせの作り方が必要です。

これを解決する方法がリンガライズドオクルージョンというかみ合わせの調整方法なのです。

歯のかみ合わせの面には、山形のとがった部分と谷型のへこんだ部分があります。
この山と谷の形が上下でうまく噛みあうことにより効率よく噛むことができるようになっいます。
この場合の谷となる凹みの形を顎の動きと一致するように調整することで、入れ歯が横揺れしない、安定した状態にすることができるのです。
これらの歯の並べ方、噛みあわせの調整の仕方は先生によって考え方が異なるため、すべての先生がこのことに配慮ができているわけではありません。
しかし入れ歯が噛みにくい、うまく使えない、という方では、一度これらの様子を確認してもらい配慮してもらうと良いかもしれませんね。