今、医療に欠けているもの ~「聴く」ことから始まる患者中心の医療~

お口の悩み

平成16年に設立されました「特定非営利活動法人明日の歯科医療を創る会POS」は、10年目を迎えています。

これまで地域社会や歯科医療界に対しさまざまな活動を展開してきましたが、お口の問題でお困りの患者さんを対象として行ってきました個別相談では、相談される方に共通する悩みがありました。

それは患者さん自身の期待や希望に反して、治療結果の成果が得られていないことであり、結果として歯を失い、うまく咬めない、食べることができないといったことでした。

多くの方はこのような悩みに陥る原因を、ご自身の歯性が悪いと考えたり、また治療を受けている歯科医師の技量の問題だと考えがちでした。当然歯科医師の数だけ病気に対する診断の違いがあり、医療技術も違いがあり、また患者さん自身の状況にも違いがあるわけですから、このような考えが間違っているとは言えません。
しかしこのような違いがあったとしても、丁寧に患者さんと患者さんの抱えている問題に取り組めば必ず良好な結果が得られることは、現在の歯科医学のレベルから考えて十分に期待できることでもあるのです。

では患者さんがお口の悩みから解放されないその問題点はどこにあるのでしょうか?

医療への期待

医療は科学として目覚ましい発展を遂げています。病気の実態は解明され、再生医療などの先端技術は失われた機能を十分に回復させることができます。
しかしその医療技術を適応する対象者は患者さんであり、個別の感情を持ち、価値観を持ち、生活背景を持ち、そして医療に対して期待することも違っています。

ある方は、どうしても自分の歯で過ごしたいと考え、そのためにはどのような代償を支払うことも構わないと考えます。
しかし別の方では、問題が発生した歯で悩むよりも、新たな技術を駆使してより良い状態へと改善を望まれます。
つまり、患者さん個々において希望すること、期待する結果は患者さんごとに異なるということが前提としてあるのです。

これに対し医療提供者側はその患者さんの個別性や期待の違いを理解できてはいません。患者さんを個別の感情を持った人格ととらえるよりも、発生した状況、症例のタイ
プにより識別し、医療提供者自身が考えるより良い医療を患者さんに適応しようとします。
これがいわゆる「治療を薦める」という医療者の行動となります。
この医療行為では、医療者が主体となり患者さんを説明により納得させるということを行うのです。
多くの方が経験された、

医療者:「この歯は残念ですがもう使えません。歯を抜いて入れ歯にしましょう。
      よろしいですか?」

患者:「はい、わかりました。よろしくお願いします」

といった会話の流れがこれに当たります。

「聴く」という医療行為

現代において医療のあるべき姿として支持される患者中心医療の概念では、このような医療者の行動は全く違うアプローチが求められます。

患者さんが何で悩み、どうなりたいのかという希望や期待を聴きだし、その期待に添った結果を導くために医療者が提供できる方法にはどのような選択肢があり、またその選択によって得られる効果とリスクもわかりやすく情報開示されたうえで、患者さん自身が自らの意思で自分に合った医療を選択してもらうという手順です。
このためには医療提供者が患者さんの悩みや期待を聴きだし具体化するという手順が必要にるのです。
つまり、この患者さんの話を「聴く」という医療行為が必要であるにもかかわらず、現代の医療現場では不足しているのです。

医療従事者は丁寧に患者さんの話を聴く、患者さんは自分の希望を正しく伝える、この基本ルールを守ることがより良い医療への第一歩なのです。

インフォームドコンセントしてますか?

患者中心の医療とは

患者さんは病気やその治療法については素人であるため、どのような治療を受けるのかについてはどうしてもお医者さんの指示に従わざるを得ませんでした。
しかし時代の流れは、患者さんがお医者さんにお任せするのではなく、患者さん自身が主体的に医療を選ぶという時代となっており、これが患者中心の医療です。

この患者中心の医療では、

①患者の期待に沿っている        ②患者の権利が守られている

という2つの要件を満していることが必要です。

患者の期待に沿っているとは、患者さんの「どんな状態にしてほしいのかという希望」に合わせた処置を行うということです。

このためには患者さんは自分の希望を伝え、お医者さんは患者さんの希望を聴き取るという手順を一連の治療の開始の前に行うことが必要です。

歯科治療において患者さんから伝えられる希望には、
希望が叶う・叶わないにかかわらず、

「歯を失いたくない」

「おいしく食事をしたい」

「美しい笑顔でいた」

「入れ歯やいやだ」

などといった事柄が多いようです。

患者の権利が守られているとは、患者さんが自分の期待とおりの結果を手に入れるために必要な医療を受けるために基本的人権として守られるべき事柄となります。

患者の権利とはどんなもの?

1995年第47回世界医師会総会で採択された
「患者の権利に関する世界医師会(WMA)リスボン宣言の改訂」では
この患者の権利について6つの要素を取り上げています。

①医療に対する参加権…医療制度の構築に当たっては、 行政・医療者のみならず
 市民の代表も参加できる

②知る権利と学習する権利…患者は自分の病気や治療法について医療者から
  教えてもらうことができる

③安全な医療を受ける権利…感染の危険などを排除した安全な治療が受診できる

④最善の医療を受ける権利…制度や費用に関わらず、常にその条件下での
ベストの治療を受診できる

⑤平等な医療を受ける権利…人種や地位などに関わらず、平等の内容の治療を
  受診できる

⑥医療における自己決定権…どんな治療受けるかは患者自らが自分の意志で
 決めることができる

これらの権利のうち最も重要とされているのが、医療における自己決定権であり、
これがインフォームドコンセントです。

インフォームドコンセントは患者さんが行うこと

患者さんがインフォームドコンセントを行うに当たってお医者さんは、
患者さんを脅したりや不適当な誘導を行うことなく、専門用語などを使わない
わかりやすい言葉や方法により、

①診断の評価

②提案する治療の目的・方法・予想される期間・期待される効果

③ほかの治療方法

④提案した治療方法で予想される苦痛・深い・危険・副作用を
 説明しなければならない

としています。

つまり、医療に対して知識のない患者さんは、知る権利と学習する権利を使って
お医者さんから情報を入手し、その情報に基づいて自分の期待を叶える医療を選択
するというものです。
お医者さんはこの患者さんの権利を守るための義務を負っているのです。
患者中心の医療を受けるということは、患者さん自らが患者としての権利を行使し、
お医者さんの支援を受けて、自分に合った医療を自己決定するということから
始まるのです。

あなたが自分に合った治療を納得して受診するためには、お医者さんとしっかり
コミュニケーションをとることが必要な時代になっているのです。

歯科医療の奔流:患者中心の医療を受けよう

今までの医療

ある患者さんが医者に行った時の笑い話にならない話です。

朝から熱っぽく寒気がして咳が出ている様子から、通院先の先生に
「どうも風邪をひいたようです。注射をしてもらえませんか?」と申し出たところ、
この先生から怒られることになりました。

「誰が風邪と診断したんや! 患者が診断して治療方針を決めるとは何事
や。医者の私が風邪と診断したうえで処置を決めるから、その通りに治療を
受けなさい。」といった具合です。

今までの医療は、医者が診断をし、患者さんの利益となる治療方法を考え、
患者さんはそれに従うという医療者中心のスタイルだったのです。

医療の世界標準は「患者中心」

様々な業界と同様に、医療の世界も変化しています。

その大きな変化のポイントは「医療者中心の医療」から「患者中心の医療」への
変換です。「患者中心の医療」とは、病気や治療に関する様々な情報について
わかりやすく提供を受け、その中から患者さんが自分に合った納得できる方法を
選択するというやり方です。

この「患者中心の医療」では、2つの事柄が満たされている必要があります。
1つには患者の期待に沿った医療であることであり、もう1つは患者の権利が
守られることです。

ではこの2つのことについてもう少し深く考えてみましょう。

患者さんの期待に沿っている医療であるためには

患者さんの悩みは様々です。そしてまた治療した結果に対する期待にも
人それぞれ違います。

とくに歯科医療では、治療の結果が患者さんの生活の質に深く影響することから、
医療者は個々の患者さんの期待をしっかりと聴き取らなくてはうまくいきません。

美しく若々しい口元でいたいと希望される方、おいしくなんでも食べたいと期待され方、カラオケが趣味でうまく発声できる口でなくてはならないと期待される方、様々です。

歯科医療者はこれらの個別の期待にうまく対応するため、様々な歯科医療技術を
習得しており、それを提供するわけですが、そのためには患者さんが何をどのように
期待しているかを聴き取らなければなりません。

患者さんの期待に沿った医療であるためには、患者さんの悩みをじっくりと聴き取り、どのような対応がベストであるのかを見極めるための十分な相談の時間が
必要なのです。

患者さんの権利とは

患者さんが持つ権利は、1995年第47回世界医師会総会にて採択された
「患者の権利に関するリスボン宣言の改訂」に明記されました。この宣言では
患者さんの基本的人権の擁護という基盤に基づきいくつかの項目が列挙されていますが、もっとも重要な項目は、インフォームドコンセントの概念です。

インフォームドコンセントとは、医療における患者さんの自己決定権のことです。
どのような治療を受けるかは患者さん自身が決める、そのために必要な様々な情報
については医療者がその情報を提供する義務を負うというものです。

相談した医療者の内容で納得できない場合は、セカンドオピニオンとして別の医療者に相談することもよいとされています。

患者さんの権利が守られて医療を受けるということは、治療方法やその効果やリスクなど、これから受けようとする医療内容の決定に当たっては、理解でき納得できるまで医療者から説明を受けることができるということです。

「患者中心の医療」を受診するということは、じっくりと相談し納得できるまで説明を
受けたうえで治療を受けるということであり、そのために必要な時間を必要なだけ
使ってもらうということなのです。

次回は、患者中心の医療機関の選択に欠かせない「患者の権利章典」について解説いたします。