歯科医療が支える健康寿命 ~命を脅かす歯周病~

生きるということ

どなたにも公平に命の終わりは訪れます。生き物である限りこれは避けることができない現実でしょう。
しかしその時までをどのように過ごすかは自分の意志で変えることができます。

健康でやりたい事が自分の力でやりきれる人生を謳歌するためには、健康であることが基本です。
その健康は、体に感染がなく、適切に栄養が摂取でき、十分な酸素を取り込める状態により確保され、これらはすべて口の健康と深い関係を持っています。
ですから健康に生きるということは、口の中に問題がない状態によって手に入れることができるのです。

歯周病の先にある病気

口の健康管理を行う上で注目されるのは歯周病です。
歯周病は単純に歯を失うという病気ではなく、その病気が発生している個所において慢性の炎症を起こしていること、さらにはそこが身体の中への感染ルートになっていることが問題です。
このことによりほかの病気を引き起こす原因となっています。

歯周病の病変部では炎症性サイトカインが産生され体中に広がるだけでなく、同時に歯周病菌などが血管内部に侵襲します。
これらが血管の細胞を傷つけ炎症を起こし、さらにそこにはコレステロールなどが付着してアテロームと呼ばれるこぶを形成します。
このようにして動脈硬化が発症し、血管が詰まると脳梗塞や心筋梗塞を引き起こしてしまうのです。
また炎症性サイトカインはインスリンの効果を抑制するため糖尿病が発症したり悪化したりします。
ほかにもリウマチや骨粗鬆症、妊婦さんでは早産の原因にもなることがわかっています。
ですから歯周病だけを考えるのではなくその先で発症する病気のことを考え、それらの病気からあなたの身体を守るという観点で歯周病と取り組まなくてはなりません。

なぜ歯周病が改善しないのか

日本人の90%もの人が歯周病にかかっているという報告があり、その症状が重篤化したことで悩んでいる方は大勢おられます。
その多くの方は歯周病がどのような病気であるのかを知りません。
また歯周病に罹患していることに気づいていない方もおられます。
これは歯周病がサイレントディジーズと呼ばれ気づかないうちに徐々に進んでしまう病気だからです。
歯周病を克服するためには、正しい知識を持ち正確に自分の状況を評価することが不可欠です。
そのためにはしっかりと歯周病と向き合ってくれる歯科医師を主治医に持ち、精密な検査を行って病状を正確に把握し、着実に治療を進めることが必要です。
また治療以外に生活習慣を見直すことも必要で、口の中の衛生管理や食生活の改善の支援も主治医から受けなくてはなりません。
さらに最新の予防方法では、口の中の歯周病菌の比率を減らす細菌の入れ替えを進める方法(3DS)も取り入れられるようになり有効な対処方法でもあります。
歯周病を放置した時に失うのは歯だけでなく、口が健康であることにより支えられている健康な身体、そしてその体がもたらす豊かな生活さえも失うということを理解しましょう。
そしてあなたの生活を守るために、適切な主治医を持ち、最善の治療を受診することが必要です。

 

血管を守って、老化を防ごう! ~血管病と歯周病~

歯周病は慢性炎症

歯周病が歯ぐきの病気だということはどなたでもご存じの事柄です。

しかし、歯周病が炎症を主体とする病気であるという認識は少ないのが現状です。

歯周病は歯ぐきの溝の中の歯と接する歯ぐきの部分の炎症による病気です。
歯ぐきの溝の深さが4mm程度の方であれば、その炎症を起こしている歯ぐきの総面積は手のひらぐらいの大きさ約75㎠ほどもあり、その部分が腫れているだけでなく出血や膿を出し、さらには細菌が継続的に感染する温床となる病気です。
もし身体のどこかに手のひらほどの大きさでこのような状況を起こしているところがあるとすると、放置する人はいないでしょう。
しかし歯周病はそのような炎症を起こしているにも関わらず、放置されている場所であり、慢性炎症として体に影響を与え続ける病巣なのです。

慢性炎症が病気を引き起こす

慢性的な炎症が病気を発症させることはよく知られています。
肝炎ウイルスで発症した肝炎は肝硬変から肝がんへと移行しますし、ピロリ菌で発症した胃炎は胃がんになり、HPV感染は子宮頸がんを発症させるなど、慢性の炎症は身体を蝕みます。
同様に歯周病により細菌が血管内へと侵入することにより、動脈硬化を引き起こしひいては脳・心筋梗塞を引き起こします。
また炎症により作り出された炎症性サイトカインが体内に持続的に供給されると糖尿病を発症させます。

炎症は血管を傷め、老いを早める

医学博士のウイリアム・オスラー氏は「人は血管とともに老いる」という言葉を残しておられますが、加齢は動脈硬化の主たる危険因子の一つです。
つまり加齢により血管が本来持っている様々な機能が次第に低下するわけで、特に血管の弾性が低下することが問題となります。
加齢による変化は歯ぐきの血管でも同様に発生し、この結果歯周病に対する抵抗力は低下します。
すると炎症はさらに重篤化・慢性化していくこととなり、歯周病菌やその細菌が作り出す毒素、炎症性物質が血管内に入り込むこととなるのです。
血管内に侵入した細菌は、血管内壁にできたアテローム内に侵入し増殖して血管をふさいだり、それが剥がれて血栓となり血管を詰まらせることで梗塞を引き起こすのです。

歯周病が関係する全身の病気

歯周病に関係するといわれる病気は血管病だけではありません。
糖尿病、メタボリックシンドローム、骨粗しょう症、誤嚥性肺炎などの呼吸器系疾患、早産や低体重児出産の発症など様々です。
つまり、身体の一部に継続的な炎症箇所があること自体が問題であり、この歯ぐきという箇所が身体に対しての感染の入り口になっているということを理解しなければなりません。
そしてこの炎症を取り除くという意識が重要となります。

歯周病の治し方

歯周病への取り組みは至ってシンプルであり、歯周病の原因となる細菌の量を問題がないレベルまで減らすことに尽きるといえます。
しかし複雑な形をしている口の中の細菌を取り除くことは困難な作業でもあります。
きれいに整った歯並びで病気が発症していない状況から細菌除去を始めるとその作業は簡単ですが、歯列が乱れていたり、不正な形や不適合な状態の修復物が入っていると掃除ができません。
また、いったん歯周病が発症し深い歯周ポケットができてしまうとその部分を自力で清掃することもできません。
なんら症状を感じていなかったとしても、できるだけ早期に精密な検査を受け、歯周病の状況を正しく見極めておきましょう。

もし歯周病が見つかったならば、まずは細菌の少ない口の中の状況を作りあげ、この状況を維持するメンテナンスの体制を整えることが賢明です。

豊かな生活は口の健康から ~歯を守ることは病気を防ぐこと~

糖尿病と口の病気

糖尿病に罹患している方では歯周病が重篤化する傾向から、歯周病が糖尿病の影響で悪化するものと考えられた時代がありました。
しかし糖尿病の病態が明らかになるにつれ、歯周病が糖尿病と深く関わっているだけでなく、歯周病が糖尿病を引き起こすことがわかってきました。
つまり歯周病と糖尿病には双方向性の関係があるのです。

歯周病に罹患した炎症歯肉内では大量のTNF-αを含む炎症性サイトカインが産生されており、これが血行を介してインスリンの作用を妨げます。
他方肥満傾向にあるⅡ型糖尿病患者では脂肪細胞から種々のアディポカインが作り出されており、その中には炎症性サイトカインが含まれこれがインスリンの作用を妨げており、この糖尿病発症進展のメカニズムが歯周病と一致するというわけです。

つまり糖尿病を発症進展させるメカニズムが歯周病で発生している状況と一致しているのです。
ですから歯周病の管理は糖尿病を防ぐことになるのです。

脳梗塞、心筋梗塞、動脈硬化と
口の病気

動脈硬化が進んだ血管内部では、アテロームと呼ばれる瘤が発生し、血管を詰まらせて脳梗塞や心筋梗塞を発症させています。
このアテロームを精査すると、その内部には血液中に侵入した歯周病関連物質の存在が確認されました。
歯周病の発症部分では、24時間365日続けて外部からの侵入者に対する免疫応答が繰り広げられ、ここから歯周病原性菌が侵入します。

また、その場で産生された細菌の内毒素や炎症性サイトカインらが一緒に血流を介してアテロームへと運ばれるのです。
これがアテローム内部に歯周病関連物質が存在する仕組みなのです。

ですから歯周病の排除は血管の病気による命の危険から、身体を守ることに繋がるのです。

睡眠時無呼吸症と口の関係

口の周囲(舌・口唇・頬)の使い方の間違いを原因として顎の成長が少なくなると舌が後方に押しやられ睡眠時に気道を塞いでしまいます。
これが睡眠時無呼吸症です。
この病気が発症すると脳・心血管疾患や昼間の事故の発生確率が数倍にも跳ね上がり、死亡リスクが健常者に対して極めて高くなります。

元来口は消化器ですが咽頭部分を呼吸器と供用しているため、臓器としての口の形態と機能が正しくなければ、呼吸動作にも影響してしまうのです。
致命的な失敗は不正な歯並びや機能を放置することや矯正治療で不用意に歯を間引くことです。

歯科的な健康の確認とその回復方法の選択が命を脅かす問題になってしまうのです。

予防医療から見た口の健康の重要性

歯科医療は医科とは異なり、命とは関係ないという認識は誤りです。
すでに予防医療に取り組む医療者の中では、歯科的な健康が確保されなければ、健康な身体を維持できないというのは常識であり、口腔内の疾患がガン・血管疾患を代表とする慢性疾患の原因の一つであると認識されています。

口の中に生じる炎症性の病気の排除、呼吸器機能を阻害しない適正な口腔の成長発達の支援と機能回復は健康な体作りの基本であり、入り口です。

自分に合った適切なホームドクターを確保され、健康で豊かな人生を手に入れてください。

口から始まる全身の病気 ~歯科治療が配慮すべき身体の健康とは~

口の病気と身体の健康

人の体に発生する病気はおおむね2つの種類に分類されます。
1つは「感染」で、本来人の体の中には無かったものが入り込むことにより起こる病気です。
たとえばインフルエンザは本来体の中には居ないウイルスが入り込むことにより発症します。
2つは「機能不全」で、身体を健康に維持する体内での仕組みが壊れることにより起こる病気です。
たとえば体を維持するために必要なエネルギーは、口から取り込まれる食品から栄養素として取り込まれますが、この栄養素が不足すると体が正常に機能せず病気が起こります。
ビタミンやミネラルが不足するとタンパク質・糖・脂肪の分解が行えず、細胞に必要なエネルギーを創ることができません。
いわゆる栄養失調となるのです。
今回はこの2つの病気のうち、感染が口の様子と深くかかわっていることをお話しします。
体の中に細菌が侵入する場合、その細菌の侵入経路が問題となりますが、
3大感染経路は

 ①上咽頭 ②根尖病変 ③歯周病

であり、これらはすべて口に関係しています。
ですから適切な口の健康管理が身体を病気にしないためにとても重要なの
です。

病巣感染がもたらす脳と心臓の病気

口の中に住み着く細菌の毒性は低く、すぐに重篤な病気を発症することはありません。
その反面、歯の根の先に膿がたまる根尖病変や歯の周囲で起こる歯周病では、
24時間365日途切れることなく感染が継続し、炎症反応が起こっています。
この炎症部分から体内へと入り込む細菌は、血液の流れに乗って体内のいたる所へと移動するのです。
このとき血管の内面にできた瘤(アテローム)の中に細菌が入り込むと、そこで細菌が繁殖しこの瘤を大きく成長させます。
その結果血管が詰まってしまい、脳梗塞や心筋梗塞を引き起こすのです。
このように、実際の感染場所とは異なる場所で別の病気が発症する状態を病巣感染と呼びますが、口の中の病気はこの病巣感染の感染源として特に注意をしなくてはならない場所なのです。

歯周病と糖尿病

また歯周病では歯の周囲の歯周ポケットで炎症が発生しており、この歯周病による炎症が糖尿病との双方向性の関係を引き起こしていることがわかっています。
歯周病による炎症箇所の大きさは、歯周ポケットが平均4㎜程度の方で歯が生えそろっている方では約75㎠(おおよそ手のひら程度)ほどあります。
この大きさの範囲で常に細菌感染とそれに対抗する身体の防御反応、つまり炎症が発生しているわけです。
炎症が起こるとそこではいくつもの種類のサイトカインが発生し、この炎症性サイトカインが血糖値調整に関わるインスリンの作用を妨げるのです。
つまり、歯周病の影響によって血糖値を下げる機能が低下するということであり、血液中の血糖値が下がらない糖尿病を重症化させるのです。

歯科治療における全身の病気への配慮

入歯などを作るような歯科治療を行う際に配慮されなければならないにも関わらず見過ごされてきた事柄が2つあります。
それは、「なぜ歯を失ったのか」という原因の確認と「残っている歯の健康状態は万全か」という原因排除の問題です。

歯の治療といえども身体の一部を改善する治療ですから、全身の健康状態に配慮するのは超然であり、また治療した状態が長く健康に維持するためには残された歯に歯を失うような病気が起こらないことが重要です。
何度も治療を繰り返し歯が悪くなり続けることは良いことではありません。
再治療が無く、健康な口が維持されることは、健康な身体を守ることだと言えます。

ですからこれからの歯科医療では、このような配慮を行うことが深く求められることとなるでしょう。

いびきを見逃すな ~睡眠時無呼吸症が引き起こす命の危険~

いびきはどうして起こるの?

豪快ないびき、周りで寝ている者はたまったものではありませんが、本人は全く意識が無く単なる厄介なものとして扱われてきました。
いったいどのようにしていびきは発生するのでしょうか?
身体には、酸素を体に取り入れるための呼吸器と栄養を取り入れるための消化器があります。
鼻から始まり肺へとつながる呼吸器と口から始まり胃へとつながる消化器は、咽頭と呼ばれる喉の部分を共有して使っています。
この咽頭部分で空気の通り道が狭くなると粘膜が震えていびきが発生します。
そしてこの空気の通り道が閉まってしまうと睡眠時無呼吸症が発症します。

消化器である口の中には舌がありますが、この舌が睡眠時に後方に沈下して押しやられることが、この気道を狭くしたり閉鎖してしまう原因なのです。
本来舌は下顎の骨の中に鎮座していますが、あごが小さく歯並びが悪くなっている現代人や、肥満などで喉周りや舌の内部に脂肪が増えた方の場合にはこの舌が後方に押しやられ、咽頭を圧迫し、空気の通り道を塞いでしまうのです。
これがいびきの犯人です。

睡眠時無呼吸症のリスク

いびきの状態が進行すると一時的に呼吸が止まる状態が発生します。
呼吸停止が10秒以上続きこの回数が一晩に30回以上発生したり、1時間に5回以上繰り返されるようになると睡眠時無呼吸症と診断されます。
この状態の方では、熟睡感が無く、日中の眠気や倦怠感が生じるという自覚症状が出てきます。
このため、昼間に様々な事故を発生させる率が健康な人の2~7倍にまで増えるのです。

さらに生活習慣病に強く影響し、高血圧・高脂血症・糖尿病・脳卒中などを引き起こし、重症な方の場合では、心筋梗塞・脳卒中の発症率が健康な人よりも30%以上上昇するという調査結果も報告されています。
ちなみに睡眠時無呼吸症の診断に基づき治療を受けていると生命保険に加入できないようになりますが、この点から見てもこの病気の命に関わるリスクの高さが推察されます。

睡眠時無呼吸症の治療と予防

睡眠外来のある医療機関に受診すれば、確定的な診断を受けることができ、治療も受けられます。
最も効果的な治療法はCPAP(シーパップ)で、就寝時にマスクを着用し強制的に空気を送り込んで呼吸を支援するという方法です。
これとは異なり歯科治療でも中程度までの睡眠時無呼吸症を解消する治療法があります。
下あごの位置を前方につきだした状態で固定するように作成したマウスピースを就寝時に装着することで、舌の後方への沈下を防ぎ、気道を確保する方法です。
いびきの解消にもつながります。

予防方法は、幼少期からの成長において顎を小さく育てないことです。
正しい食生活により健康な口腔を育成することが最も良い方法と言えます。
この観点からいうと歯を間引いて行う矯正治療はできるだけ避けるべきであり、矯正治療が必要な場合は、顎の拡大処置を行い口腔の容量をできるだけ大きくする方法を採用されるのが良いでしょう。
また、肥満も大きな原因ですから適切な方法によるダイエットも予防法の一つと言えます。
歯科治療は、歯の修理業として発展してきましたが、医科と同様に健康を守る医療として重要な役割を果たすようになってきています。

歯科医療をうまく活用し、健康で豊かな生活を手に入れていただければと思います。

体の不調は、口の中の病気から ~歯周病と心臓血管疾患~

炎症は手のひらサイズ

鼻・目・耳、体のどの部分を少々強く触ったとしても、血が出ることはありません。
しかし歯磨きのブラシの毛先が歯ぐきに触れるだけで血が出ることがあります。
このことは体の健康という観点からみると大変異常なことだと言えます。

歯周病は口の中の細菌が原因で歯ぐきに炎症を起こす病気です。
歯と歯ぐきの隙間の溝の中で細菌が繁殖し、さらにこの溝を深くして歯周ポケットを作り上げながら病気が進行します。
歯周ポケットの深さが5~6mmという中程度の歯周病の場合では、その炎症を起こしている歯周ポケットの総面積が約72㎠となります。
これは大人の手のひらの面積とほぼ同様の大きさなのです。
もし体のどこかに手のひらサイズの腫れがあり、出血していると放置することはありません。
しかし口の中ではこのような状態が常時発生し放置されているのです。

この炎症が発生している個所からは、口の中に住み着いている多くの細菌や細菌が作り出した有害物質が体の中に侵入し、さらに血管の中へと入り込み、全身へと広がっていくのです。
歯周病が厄介なのはこの病気が慢性疾患であるために、このような状況が持続的に影響していることです。
この結果様々な病気を引き起こしますが、現在わかっているだけで動脈硬化などの血管系の病気をはじめ、心臓病、肺炎、糖尿病や妊婦さんにおける早期低体重児出産などがあります。

歯周病と心臓血管疾患

疫学的研究から、歯周病は心臓血管疾患のリスク因子の一つとして注目されています。
これまでの研究結果によると、歯周病にかかっている人はそうでない人に比べ、1.5~2.8倍も心臓血管疾患を発症しやすいことや、心臓血管疾患の原因となるアテローム性動脈硬化症の程度が歯周病と関係していることなどが報告されています。
歯周病が心臓血管疾患に影響を与えるのは、歯周病により歯肉で炎症が起こることによります。
炎症が起こっている歯ぐきではサイトカインと呼ばれる炎症性物質が作られ、この物質や歯周病菌が血液により心臓まで運ばれるのです。
そこで血管内皮細胞や脂肪性沈着物中のマクロファージを活性化させ、その結果として心臓の血管の栓塞を引き起こすのであると考えられています。
この見解は脂肪性沈着睦の中から歯周病菌のDNAが見つかったことから発見されました。
また細菌性心内膜炎を起こした心臓の弁からは歯周病菌が確認されています。
これは同じく血流により運ばれた歯周病の細菌が、血液の滞留しやすい弁の周囲で定着してしまい、さらにそこで増殖することによって起こることが確認されています。
さらに細菌が増えて大きくなった塊が、血流にのってほかの場所へと移動し、脳の細い血管で詰まってしまうことがあります。
この場合には、脳梗塞を起こしてしまうわけで、やはりまた命に関わる病気につながるのです。

病巣感染という概念の重要性

口の中の病気については、「最悪歯が無くなる程度の事であって命に関わることはない」と言うのが一般的な概念でした。
ですから口の中の病気を深刻に考える患者さんは少なく、また歯科医師でさえ壊れた歯の修理だけを考えていました。
しかしほかの場所で発生する病気の原因が詳しく解明される中で、口の中の病気が病巣となっている病気が数多く見つかっています。
本来体の中には存在しない細菌が体の中に入ることで発生する病気は、その感染経路を確実に取り除くことが重要であり、その一つが歯周病を取り除くことなのです。

歯周病は治せる病気です。歯医者さんと相談して、しっかりと取り組みましょう。

体の不調は、口の中の病気から ~歯周病と糖尿病~

日本人の糖尿病

糖尿病とは、食事により摂取したものから分解された糖分が適切に体に吸収されず血液中に溜まってしまう状態が続く病気です。
この状態が続くことで、心臓病、腎臓病、脳卒中、失明などの合併症が引き起こされますので、決して見過ごすことのできない病気と言えるでしょう。
世界人口の5%が糖尿病患者といわれていますが、日本では平成19年の国民健康・栄養調査から約2200万人の方が糖尿病であるという報告があり、日本においても深刻な病気の一つとなっています。

さて糖尿病の患者さんでは歯周病の悪化が認められることから、かなり以前から歯周病も糖尿病の合併症であると認識されていました。
特に糖尿病の方においては歯周病患者さんの割合が多く、またその症状がより重症化しており、糖尿病があると歯周病が進行するリスクが高いと言えるのです。

なお近年、糖尿病の合併症としての歯周病ではなく、歯周病が糖尿病を引き起こすという新たな状況も確認され始めてきました。

歯周病が糖尿病を引き起こす

歯周病の患者さんでは、糖尿病を発症するリスクが高く、また歯周病がある状態を放置しておくと糖尿病の治療において行う血糖値のコントロールがうまくいかないという報告です。

アメリカ国民健康栄養調査(NHANES)を用いた研究では、歯周病患者における糖尿病有病率は、歯周病の無い人と比較して約2倍もあることが示されています。
ドイツで15年にわたって行われた追跡調査では、歯周病になっているが糖尿病にはなっていない患者群が、歯周病にも糖尿病にもなっていない患者群と比較して、5年経
過後でHbA1cの数値が悪化傾向にあることが見つかりました。

糖尿病患者の95%と言われるⅡ型糖尿病患者に限っては、歯周病における基本治療である歯肉縁上・縁下の歯石除去などの手術を伴わない歯周病治療を行った場合で
も、血糖値のコントロールに対し治療前後のHbA1cの加重平均差が-0.4%と統計学的にみても有意に変化があることが見つかっています。
これは歯周病によって腫れた歯肉から容易に血管内に侵入した細菌が血管内で死滅した後に、その死骸に含まれるエンドトキシンという内毒素が血糖値に影響を及ぼすことによります。血液中の内毒素は脂肪細胞や肝臓からのTNF-αの産生を強力に推し進めますが、これには血液中の糖分の取り込みを抑える働きもあるため、血糖値を下げるインスリンホルモンの働きを邪魔してしまうことによるのです。

体の一部としての口の管理

多くの方は歯医者を歯の修理屋さんとしてとらえ、口と体は別物のように考えています。
医療教育の現場でも医学部の中に歯科があるのではなく、歯学部が別に分かれて存在します。このため体の病気と口の中のトラブルは別に考えてしまいがちです。
しかし、口の中の問題が体全体に影響していることを考えると、健康な体を保つためには適切なお口の健康管理が不可欠と言えます。

糖尿病がうまくコントロールできない方は、一度お口の状態をチェックしてもらうことが良いでしょう。